Entries

reset

少し前からもやもやとしたことがあり
自分の大いなる勘違いであることと
ただひたすらの欲望ということがわかり
ようやくその思いを断つことができました。
思い込みとは
いま思えば身勝手な物語を
自分主体で書いているに過ぎず
冷静な判断を、遠くのほうに押しやって
感情のままに動いてしまう、という愚かさ。
これでは
私らしくないと思うけれど
気付きのタイミングだったのでしょう。
いろいろな動きが活発になっているこの頃
呑み込まれる前に脱出できたかどうかは分からない。
ココロにできてしまった
小さな傷を癒すのは
時間という特効薬しかないのだろうか?
スポンサーサイト

木と森と。

hibi
時として
木を見て森を見るか。
時として
森を見て木を見るか。
いずれにせよ
全体を見渡し見極める決断は自分であって
他人が決めることではない。
自分がどのような道を進むか考えると
大きな森を見た方がよさそうだけれど
日常のこまごまとしたことを思うと
目の前の木を見ることになるのか、とも考える。
いまはまだ
目論見がわたしのなかでも
まったくみえていないのに
何故か、誰かがそうすべきと囁いているようにも聞こえる。

希望(ゆめ)

kakuu
希望(ゆめ)にまっすぐに向かっているときは楽しい。
程よい緊張もまた手伝って
ますますやる気をキープできる。
そういうときほど
戦い終わった後の脱力感。
心地よい場合もあるけれど
何故か切ない気分になることもある。

良くも悪くも
私たちは
自分のエゴでものごとを動かそうとする。
必要なことならば
どんな手段を使ってでも
近づけるよう、それも努力。
それも才能。

ずいぶんと思い切りよくスタートした2018は
いままだなお、走り続けている。
ふわふわと夢の中で
ユニコーンやペガサスと戯れて
気が付いたら、朝でした、という具合に
急速に現実世界へと連れ戻され
そしてまたリアルな今日を生きている。


無我夢中

work
シゴトということをすっかり忘れてしまいそうな空間。
正確には仕事ではなくて
シゴトに繋がるかもしれないシゴト。

自分では
普通に過ごしているつもりだけれど
なぜか
ココロ?気持ち?は全力で走っている感じがする。
ちょっとヒトイキいれよう。
こことのところ、ずっと大切に思っていたこと。も忘れて
いわゆる無我夢中という感覚。

船に乗って
ゆったり思い思いの方向に進むのではなく
目指すべきものがあまりよく見えないのに
必死で舟のオールを漕ぐ。
けれど、漕いでいる方向は
間違っていない、とある人は言う。
しかし
いまはまだそんなことをいっているような状況でないのだ。

眠っている時だけが
心が安らいでいるのか?というと
これまたそういうことでもなく
気になることや人が必ず
夢 のなかに現れて
不可解なメッセージを残して
私の睡眠を邪魔をする。
まるで
24時間眠らせない拷問。

きっと
いまはそんな風に
いろんなものをキャッチしろ。という
誰からかの警告なのかもしれない。

右肩の鳥

私の右肩に鳥が止まっている。
飼っているユキちゃんやロキちゃんではない。
死んでしまったチュンちゃんでもハナちゃんでもりんちゃんでもない。

目に見える鳥ではないけれど
いつでもそこにいてくれるという安心感。
この鳥は危険を察知したりすることもできるし
こっちの方向だよ、とお知らせしてくれたりもする。
ときどき声を聴かせてくれたりもする。
右の肩に止まっているのは、理由がある。
それは勿論、私にはわかっている。
私がこのように自由にいられるのは
自分の力だけではありません。
守ってくれる人やものに囲まれているから。
生徒さんや知人に酉年の人も多いのは偶然か。

Appendix

...................................


料理を作るのも食べるのも、
こよなく愛す。
好きなことは、ちくちく縫いものと
小鳥観賞、車の運転、空想すること。

うららのお教室については、
こちら
をお読みください。

お教室その他のお問い合わせは、
urara@df.catv.ne.jpまでどうぞ。

...................................

...................................

...................................

...................................