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木と森と。

hibi
時として
木を見て森を見るか。
時として
森を見て木を見るか。
いずれにせよ
全体を見渡し見極める決断は自分であって
他人が決めることではない。
自分がどのような道を進むか考えると
大きな森を見た方がよさそうだけれど
日常のこまごまとしたことを思うと
目の前の木を見ることになるのか、とも考える。
いまはまだ
目論見がわたしのなかでも
まったくみえていないのに
何故か、誰かがそうすべきと囁いているようにも聞こえる。

ココロの隙間

sora
何気ない日常に
小さな喜び、幸せを感じられること。
それは
余裕とか優雅とかではなく
自分のココロに隙間があり
その隙間を埋めようと
ふと上を見たら蒼空が青かった。とか
散歩をしていたら小さな春を見つけた。とか
ほんの些細なことだけれど、なぜかほっとする。
気づけば日常の至るところに
隙間を埋めるほどの
喜びや幸せがこちらを向いているのです。
何でもないことにハッとさせられるような
ココロには常に隙間を作っていたい。

希望(ゆめ)

kakuu
希望(ゆめ)にまっすぐに向かっているときは楽しい。
程よい緊張もまた手伝って
ますますやる気をキープできる。
そういうときほど
戦い終わった後の脱力感。
心地よい場合もあるけれど
何故か切ない気分になることもある。

良くも悪くも
私たちは
自分のエゴでものごとを動かそうとする。
必要なことならば
どんな手段を使ってでも
近づけるよう、それも努力。
それも才能。

ずいぶんと思い切りよくスタートした2018は
いままだなお、走り続けている。
ふわふわと夢の中で
ユニコーンやペガサスと戯れて
気が付いたら、朝でした、という具合に
急速に現実世界へと連れ戻され
そしてまたリアルな今日を生きている。


無我夢中

work
シゴトということをすっかり忘れてしまいそうな空間。
正確には仕事ではなくて
シゴトに繋がるかもしれないシゴト。

自分では
普通に過ごしているつもりだけれど
なぜか
ココロ?気持ち?は全力で走っている感じがする。
ちょっとヒトイキいれよう。
こことのところ、ずっと大切に思っていたこと。も忘れて
いわゆる無我夢中という感覚。

船に乗って
ゆったり思い思いの方向に進むのではなく
目指すべきものがあまりよく見えないのに
必死で舟のオールを漕ぐ。
けれど、漕いでいる方向は
間違っていない、とある人は言う。
しかし
いまはまだそんなことをいっているような状況でないのだ。

眠っている時だけが
心が安らいでいるのか?というと
これまたそういうことでもなく
気になることや人が必ず
夢 のなかに現れて
不可解なメッセージを残して
私の睡眠を邪魔をする。
まるで
24時間眠らせない拷問。

きっと
いまはそんな風に
いろんなものをキャッチしろ。という
誰からかの警告なのかもしれない。

瞬間

riyoo2
この子の顔は我が家の、とくに父によく似ている。
私は一重なのだけれど
家族はみなくっきりとした島顔、濃ゆい。
(私も薄くはない)
大人になっていくってうれしいような、少し切ないような。
誰に似たのか(誰にも似ていないけれど)理系女子。
満面の笑顔で、化学式を説明してくれるけれど
私にとったら、ちんぷんかんぷんで
はてさて何をしゃべっているのかまるでわからない。
もうすぐ、18歳。
何時巣立ってもおかしくない年になりました。

Appendix

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料理を作るのも食べるのも、
こよなく愛す。
好きなことは、ちくちく縫いものと
小鳥観賞、車の運転、空想すること。

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お教室その他のお問い合わせは、
urara@df.catv.ne.jpまでどうぞ。

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